英語はコミュニケーションの道具であることに、いかに早く気付けるか?

2013年5月のGW、ドイツとフランスの国境、アルザス地方へ行きました。行きも帰りも夜行便、現地滞在は4日間の弾丸旅行です。

英語はもちろん、日本語もペラペラのエリートインドネシア人に会い、レベルの違いに圧倒されました。

その話は別途詳しく書きたいと思いますが、ここでは語学について内容を絞ります。

初めて「地球の歩き方」を使わずに旅を完結させたのが、このアルザスへの渡航でした。

*前回の記事はこちら。

旅先で少しずつ身に付いた英語が、仕事の場でも通用した瞬間。

2018.12.23

英語が通じなくても、何とかなる!という自信

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アルザス地方はマニアックすぎるので、地球の歩き方にもほとんど紙面が割かれていません。

かつ、ドイツとフランスに跨っているので、厳密には2国分のガイドブックが必要にもなりますが、費用的にも高すぎるので、買わない選択をしました。

何かあったときに困るのではないかと、漠然とした不安はありましたが、杞憂でした。

コルマールという田舎町のバスターミナルでは、英語が全く通じず完全なボディーランゲージを強いられましたが、それでも行きたい場所へ正確に辿り着けたし、バスも途中下車できました。

やや苦し紛れな部分もありましたが、この経験で、英語が通じにくい場所でも何とかなる、という自信が得られたと思います。

ちょっとしたことですが、この自信を得たことで、旅の選択肢が大幅に増えました。

言葉が分からなくても、体感できることがある

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その翌年のGWはベトナムの首都ハノイへ。現地滞在3.5日間ぐらい、やはり弾丸で行きました。

ハノイについての印象を聞かれると、僕は毎度「秩序のない町」と答えます。ほかの訪問地と比べて、正直あまり良い印象を持っていません。

ノイバイ国際空港から旧市街へ向かう乗合タクシーでは、散々乗り回された挙句、全く違う場所で降ろされ、終いには金額を1桁チョロまかされ、それに気付かず、正規の10倍の値段を払わされたり。

この頃には、一人で旅をすることに十分慣れて、ほとんど違和感はなくなってきていたつもりでしたが、それでも、まだまだこんなことが起こるレベルであったともいえます。

でも、一応ハノイの名誉のために補足しておくと、このタイミングで東南アジアを選んだのは正解でした。

その前に仕事で精神的に落ち込む、というより叩きのめされるようなことがあり、回復薬として、僕は何よりも人々のエネルギーを欲していました。

「これから俺たちは成長するぞ!」という爆発力を、このハノイ、そして前年に訪れたインドネシアのジョグジャカルタでも感じたのです。

こういう雰囲気は、言葉がわからなくても、その場に自分の身を置くだけで体感できます。

たとえ英語を流暢に操れなくても、行動力と開き直りさえあれば、誰でも体感できるということです。

「英語は、コミュニケーションの手段だ!」

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その半年後の2014年9月、ハンガリーとオーストリアへ行きました。遅めの夏休みで、現地滞在は6日間。

言語運用能力という意味では、この旅が最大のきっかけになりました。

ハンガリーの首都ブダペストへ夜6時に降り立ち、ゲストハウスに荷物を置いてから、新市街をぶらぶらと歩いていました。

道沿いの店は軒並み閉まっており、人の姿はまばらでしたが、そこで、フィンランド人女性2人組に声を掛けられました。

要はナンパされたということなのでしょうが、僕はそういう経験に乏しいので(←本当)、単純に外国人と話す機会が得られてラッキーと思うだけで、近くのバーに入って話をする流れに。

フィンランドを含む北欧は英語の教育体制が整っていると聞きますが、確かに、意思疎通には困りませんでした。

僕は、相変わらず自分の英語には自信はありませんでしたが、「あなたが言いたいことは全部わかるわ!」という感じのことを言ってもらい、問題なくコミュニケーションが取れていました。

そのとき、何故かそのときに、霧が晴れるようにわかったことがあります。

英語は、コミュニケーションの手段だ!

こんな単純なことが、今まで理解できていませんでした。

生まれて初めて、このとき腑に落ちる形で完璧に理解できたと思います。

受験勉強の幻影との決別

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え、そんなこと?と言われるかもしれませんが、自分にとっては、本当に大発見でした。

何しろ、それまではずっと「英語はテストで100点を取るために勉強するものだ」と教えられてきたし、自分でもそう思い込んでいました。

しかし、英語は言語であり、本来は、世界中の人々とコミュニケーションを取るツールであるはず。それ以上でもそれ以下でもありません。

なぜ突然こういうことを考えるに至ったのかは、自分でもよくわかりません。

しかし、いずれにしても、こんな単純なことに25歳を過ぎるまで、海外へ20カ国弱渡航するまで、気付くことができなかったのが事実です。

実際のところ、死ぬまでそのことに気付かない日本人もたくさんいるような気がします。

だから、日本人は英語が絶対的に話せないし、それによって人生の幅が狭まってしまっているように感じます。

それからの英語学習法は?

僕の場合、幸い自分の経験を通じてその真理に気付いてからは、英語でのコミュニケーションの考え方が100%変わったといっても過言ではありません。

  • 細かい文法の間違いなどを恐れず、極論、「通じればいい」と割り切ってどんどん話す。
  • 英語で何というかわからないフレーズは日本語でメモしておき、あとで調べる。
  • 実際に外国人に対して使ってみて、通じるか使わないかを確認する。

この繰り返しで、どんどんコミュニケーションが取りやすくなる正のスパイラルに入ったことが実感できました。

海外の旅を通じて、語学の上達という意味ではこの時点で一定の成果が出たと言ってよいと、自分では思っています。

英語ができなくても、まずは飛び出すのが結局は一番早い

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「英語が話せるようになったら海外へ行こう」などと言っていたら、永遠に、英語はコミュニケーションツールに過ぎないという単純な事実に気付くことはできなかったでしょう。

受験生のように、本屋で参考書を探し回るのが無意味とまでは言いません。

しかし、そういう勉強法でスピーキングができるようになる人は、既に話せるようになっているはずです。

かといって、少しでも楽をしようと「勉強しなくても英語が話せるようになる方法」をネットで検索しているようでは、時間が掛かりそうです。

結局、まずは飛び出すのが一番早いことは間違いありません。英語は所詮、コミュニケーションツールなのだから。

格好悪くても、文法が間違っていても、コミュニケーションが取れる限り、旅はできます。これは多くの先人たちが実証しています。

旅を通じて、自分の頭で考えて、実感を伴って得られた教訓はとても大きな意味を持ちます。

行動を先送りにするのではなく、まず行動することで、そこから偶然にでも何らかのヒントが得られることは往々にしてあります。

僕の場合、「英語を話す」という元々のテーマの領域を大きく越えて、何かに挑む際に誰もが持っておくべき普遍的な姿勢・態度を学ぶことができたと感じています。

それは今でも、日々の仕事・プライベート問わず全てにおいて役立っています。

まとめ

英語はコミュニケーションの道具であるというシンプルな事実に気付ければ、きっと上達が早くなります。

僕の場合は、海外を旅する過程で自然と、腑に落ちる形で理解することができました。

海外をバックパッカーで回るようになって、お金も時間も投じ続けて正解だったと確信しています。

もっと一人でも多くの人に、特に若い人に、海外へ飛び出してほしいと願っています。「英語ができないから」というのを言い訳にせずに。