旅先で少しずつ身に付いた英語が、仕事の場でも通用した瞬間。

前の記事で、英語がヘタでも一応世界を旅することは可能であること、ラオスでの経験が少しだけ自信になったことを書きました。

英語ができなくても旅はできる。まずは行動すべし

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誰だって最初から英語を話せるじゃない。ターニングポイントは必ず訪れる

2018.12.21

そのラオスから帰ってきたあと、どうしたのか、どうなったのかをこの記事では書きます。

変わったのは、行動力と開き直りだけ

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ラオスへ行ったあとも、立て続けに海外へ飛び続けました。

  • 2012年7月、アメリカ&カナダ。
  • 2012年9月、インドネシア。
  • 2012年11月、チェコ。
補足

そんなカネがどこにあるのか、とよく聞かれますが、すべて、自分で働いて稼いだお金です。

特段給料が良いわけでもないので、いわば、旅をするために働いている感じでした。

アメリカとカナダは、英語が母国語の国です。

シアトル・マリナーズの本拠地、セーフコ・フィールドで本場大リーグの試合を観戦し、世界一住みやすいと教わったことがあったカナダのバンクーバーを歩きました。

バックパッカーの旅とは言い難い、都会の弾丸旅行でした。

人生初の海外旅行、スタバでの注文すら通じなかったあのカナダ&アメリカ旅行から5年、まさか一人で来るとは、当時は全く想像していませんでした。

しかし、これといって英語力が上達していたわけではありません(勉強はしていたはずだけど)

敢えて変わったことを挙げるなら、とにかく行ってみようという行動力・突破力。

そして、英語がヘタだとバカにされても、死なずに帰ってこられればそれでいいという開き直り。きっと、そんなところです。

実際のところ、一番大事なのは意外とこういうメンタル面なのではないかという気がします。特に日本人の場合は。

自由な旅はまだまだ、でも着実にレベルアップ

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それでも、まだまだ自由に旅をしているとは到底言える状況ではありませんでした。

何しろ、英語ができるという感覚は全くなかったからです。

インドネシアは治安が悪いと聞いていたので、日本語のガイドと車を雇って、一人で好き勝手に行動するシーンはほぼありませんでした。

せいぜい、ジョグジャカルタのマリオボロ通りを一人で歩いたぐらいです。

確かに首都ジャカルタはテロが頻発する場所ですが、ジョグジャカルタはあまりそういう話は聞きません。

当時は情報の集め方も稚拙だったと思いますし、まだまだ過剰にリスクを恐れて行動に制約を掛けてしまっていました。

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冬のオフシーズンに行ったチェコは、首都のプラハに3泊のみ。

都会しか行かないというのは、今では考えられませんが、当時はまだそういう旅のスタイルだったし、そういう旅しかできなかったと表現してもいいと思います。

ただし、プラハは昔から漠然と憧れていた街で、生きている間に必ず一度は足を踏み入れたい場所でした。

決して暖かいベストシーズンに訪れたわけでもなく、クリスマスマーケットをやっているわけでもないのに、一言でいうと「感動」しました。

あの有名なブルタヴァ川とカレル橋、教会でのパイプオルガンのコンサート、異様に安くて美味しいビール、迷路だらけの旧市街。

全て昨日のことのように、鮮明に思い出すことができます。

自由自在な旅ができているとはいえないにしても、経験値を積んで、レベルは着実に上がっていたことも確かでした。

コミュニケーションさえ取れれば、世界が変わる

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今でも英語は下手だし、特に喋る自信は全くありません。

しかし、コミュニケーションは絶対に取れるという自信はあります。

その感覚が身に付き始めたのは、思い返すと、まさにこの頃からだったと思います。

この翌年、異動先の部署で、海外から来た外国人の接待の場に同席するよう上司に言われました。

おしゃべりな人だから適当に会話に付き合ってやってくれると助かると言われたので、いつもの旅行中のノリで適当に話していました。それが幸い、上司の目に留まったようで、やけに高評価をもらい、仕事で海外へ連れて行ってもらうきっかけにさえなりました。

何度も言いますが、ヘタクソな英語だったと思います。

でも、相手の目を見て、ニコニコとしながら、はっきりとした声でハキハキと話していたと記憶しています。それこそが大事なのだと思います。

学生の頃の自分に、上司の通訳で海外出張したと伝えたら、一種のギャグとしか受け止められないと思いますが。。

海外を一人で旅する→語学が上達する→人生が変わる!

何度でも繰り返しますが、今でも、僕は英語が得意だと思ったことは一度もありません。

しかし実際には、英語を使う仕事でも、与えられた役割は問題なく遂行できていると思っています。

そういう能力をどこで身に付けたかと言われれば、海外をバックパッカースタイルで一人で旅してきた経験を通じてと、僕は自信を持って答えます。

わずか数年前まで、自分が海外で働いて、英語でコミュニケーションを取る姿など想像が付きませんでした。

しかし、言語一つ取っても、ちょっとしたきっかけで人は変わります。

英語ができないから旅ができない、ではなく、旅をすることで英語はできるようになります。

これは、僕が身を以て証明していることです。

まとめ

2012年当時の自分に声を掛けるなら…

  • 上手な英語でなくても、コミュニケーションさえ取れれば、見える世界は劇的に変わる可能性を秘めている。
  • ちょっとしたきっかけで言葉の壁は越えられるし、その壁を前にしてギブアップするのは、あまりにも機会損失が大きい。
  • そのきっかけがどこにあるかは人によって違うけれど、とにかく、英語を使う場に飛び出していくことに尽きる。

英語はコミュニケーションの道具であることに、いかに早く気付けるか?

2018.12.25