誰だって最初から英語を話せるじゃない。ターニングポイントは必ず訪れる

英語を話すことに関してきっかけが得られた実感があった最初の分岐点は、2012年5月のラオスだったと思います。

バンコク乗り継ぎで、ルアンパバーンというのどかな田舎町へ行きました。

この町は、またいつか必ず行きたい大好きな場所ですが、その話を書き始めると確実に脱線するので、ここでは控えます。

*この記事は、↓の続きです。

英語ができなくても旅はできる。まずは行動すべし

2018.12.19

分岐点:2012年のラオス

このときは、ホテルは事前に自分で予約しましたが、それ以外は何の予定も無く、現地で全て決めるという旅の計画でした。

事前に予約するとバカらしいほど手数料を取られる、全て到着してからで大丈夫と、旅慣れた先輩方にネットでアドバイスしてもらったからです。

道を歩いていると、自分より年下の男の子が、自分より遥かにうまい英語で話し掛けてきます。

頼んでもいないのに勝手にガイドして、別れ際にチップをせがんできた子もいました。

そんな彼らと、ヘタながらも無理やり会話をして、身振り手振りでどうにかコミュニケーションを取り、その場で独力で予定を入れていく。ルアンパバーンはそんな場所でした。

自分から話し掛けないと何も始まらない場所だと、初心者の旅先には向かないかもしれません。

そういう意味で、人懐っこい人が多いアジアの田舎は、海外バックパッカーの入門編としては適していそうです。

ルアンパバーンで得たきっかけ

ルアンパバーンは、人と話さないと何も始まらない、人と話してナンボの観光地でした。でも、どうにかなりました。

こういう旅をしてみたい、という感覚に近いものがありました。

たった数日間しかいませんでしたが、ルアンパバーンでは、自ずと、英語で考えて英語で話すのが当たり前になりました。

帰りも、トゥクトゥクの荷台で寝ていた男の子に「空港まで行ってくれる?」とオドオドしながら話し掛けたのを懐かしく思い出します。

ルアンパバーンには公共交通機関はないし、同伴するガイドがいるわけでもありません。自分で空港まで辿り着かなければ飛行機に乗れず、日本まで帰れません。

すっかり海外慣れした今では考えられませんが、当時は公共交通機関一つ取っても、スリル満点でした。

誰だって、最初は言葉を話せない海外初心者

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これは僕の場合の例ですが、誰でも、似たり寄ったりの経過を辿ってきているはずです。

世界一周している人でも、海外でバリバリ働いている人でも、最初は外国語なんて何も知らない人だったことに変わりはありません。

勉強してすぐ話せるようになる人、なかなかうまくならない人の能力差はあるにしても、誰だって、最初は海外初心者である点は同じです。

僕の場合、「あっ、英語ってこういう訓練をすれば喋れるようになるかも」と最初に思えたのが、2012年のラオスでした。

社会人4年目になったばかりのときのことです。

そんな私も、社会人5年目には英語で海外企業との商談をして、6年目には毎日英語のメールを書く部署へ異動し、9年目からは海外で外国人に囲まれる環境で働いています。

ちょっとしたきっかけで人は変わるということを、自分自身がサンプルとして体感するとは思いませんでした。

…と書くと、あまりにも順調すぎると思われそうですが、僕は器用な人間ではないので、少しずつレベルアップしただけです。その過程には、いろんなことがありました。

詳しくは以下の記事で。

旅先で少しずつ身に付いた英語が、仕事の場でも通用した瞬間。

2018.12.23

英語はコミュニケーションの道具であることに、いかに早く気付けるか?

2018.12.25

まとめ

ラオスに行った頃の自分に声を掛けるとすれば、

  • 誰でも最初は外国語を話せない時期があるのであって、それを卑屈に思う必要はない。
  • 「こういう場所に身を置けば英語ができるようになりそう」というターニングポイント、きっかけが必ずどこかに現れる。

という感じでしょうか。