英語ができなくても旅はできる。まずは行動すべし

海外に漠然と興味はあるけれど、実際に行動に移せないタイプの人が共通して抱えている悩みの1つに、言葉の問題があると思います。

要するに、英語が話せないという問題です。

英会話を勉強したいという意欲はあるけれど、肝心な勉強の仕方、方法がわからないという悩みを抱える若者は多いと思います。

世の中には数多くの英会話スクール、参考書が乱立していますが、日本の英語力のレベルは国際的に見ても非常に低いです。

僕も元々は英語が全く話せない人間でしたが、今では「コミュニケーションは絶対に取れる」という自信があります。だからこそ一人旅ができますし、その延長線上で、海外に住んで働くこともできるようになりました。

どうやってそこまでレベルを引き上げたかを書きます。

結論:とにかくまずは旅に出てみる、世界を見てみる

自分自身の経験から言うと、英語で会話ができなければ旅に出れない、まずは勉強…というのでは永遠に旅立てないので、旅に出てから英語を学ぶのが手っ取り早い。というのが結論です。

僕は小さい頃から知らない場所に出掛けるのが好きだったので、一度でも海外に行っていれば、早い段階で海外のバックパック旅にハマっていたと思います。

しかし実際には20歳になる直前までパスポートも持っておらず、その頃には、変な先入観がありました。

「まともに英会話もできないのに海外に行くなんて有り得ない、何かあったら困る」という先入観です。

この先入観をいかに早く取り除くかが重要です。

学生時代は、英語がまるでダメ!

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日本の英語教育は、テストで点は取れるけれど、いざ外国人が目の前に立つと何も話せない、そういう若者を量産しています。

僕も典型的なその一人で、学生のとき、そして社会人になってから数年間も、全く英語ができませんでした。

高校生まで、受験勉強としての英語はかなりの時間を掛けて取り組んだし、テストの点数も悪くなかったとは思います。

しかし、筆記試験で満点を取る人が必ずしも英語を流暢に話せるとは限らないことは、今更ここに書くまでもないでしょう。

学生時代のエピソード①

旅をしていた北海道から東京へ、青春18きっぷで2日間掛けて帰ったことがあります。

秋田か山形あたりで台湾人の青年とバッタリ会って、1-2時間ずっと(なんちゃって)英語で話しました。が、脳味噌の処理能力が限界に達してしまったようで、その青年が電車をどこかで降りた後、疲れ果てて眠りこけてしまったのを覚えています。

学生時代のエピソード②

人生初の海外旅行は、20歳になる直前、極寒の真冬の「ナイアガラの滝」、そしてニューヨークでした。

エア・カナダでトロントに入り、ニューヨークに乗り継ぎましたが、そのトロントの空港のスタバで注文が通じず笑われました。今では考えられないことだし、どういう注文をしたのだろうか…は思い出せませんが。。

とにかくまずは一人で行ってみる

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そんな経験をしていると益々自信がなくなって、

  • 海外で外国人と英語でコミュニケーションを取れるイメージが湧かない
  • まして一人で海外へ行くなど有り得ない
  • 何かあったときに会話も覚束なかったらどうするのか…
という負のスパイラルにはまってしまいます。

おそらく、ここで英語を学ぶことを放棄する人が一定数以上いるのだと思いますが、もうひと踏ん張りできるかがその先の道を分けるのではないでしょうか。

そういう僕もずっと、海外へ一人で出掛けるのは自信がなく避けていましたが、22歳になる直前、大学の卒業旅行という名目でタイへ行きました。

一人で行ったといっても、実際には、日本からの往復航空券とホテルがセットになった某旅行会社のパッケージです。

スワンナプーム国際空港からバンコク市内までは、そのパッケージで手配されているバスで移動していますし、滞在中は屋台での食事もロクにしませんでした。

ショッピングモール内のフードコートへ行きましたが、美人な店員さんがゆっくり話してくれた英語もロクに聞き取れませんでした。

それでも、一人で行って無事に帰ってきたという事実に多少なりとも意味があったのだろうと、今となってはそう思います。

英語がヘタクソでも、旅はできることを体感

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そうこうしているうちに社会人になり、最初の1年は仕事で鬱状態になったので海外どころではなかったですが、ようやく仕事が落ち着いてお金が貯まってきたところで、海外に行ってみようと思い立ちました。

  • 2011年3月、カンボジアへ。
  • 2011年6月、オーストラリアへ。
  • 2011年9月、台湾へ。

あの東日本大震災が起こった年で、特にカンボジアへ行ったのは震災の1週間後でした。

不謹慎ではないかと相当迷いましたが、人間はいつ死ぬかわからない運命にあることを目の当たりにして、むしろ、行けるときに行かなければ後悔するという思いの方が強かったような気がします。

英語は相変わらず話せない状況でしたが、仕事の鬱状態を乗り越えて開き直れたというのが、海外への旅にスイッチが入った、大きな理由の1つでした。

カンボジアは現地日本語ガイドを雇い、オーストラリアは現地ツアーに参加しました。

台湾は、台北を完全にフリーで回りましたが、都会なので特に苦労はありませんでした。

旅の仕方を工夫すれば、英語がヘタクソでも海外を旅することはできるな、と思えたのがこのときです。

ようやく負のスパイラルから脱出できた感覚がありました。

理想を追い求める前に、まずは行動

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もちろん、もっと自由自在に好き勝手に旅をしてみたいというギャップは、最初からありました。

国内ならば、自転車で1日に200km弱走って、テントを張って野宿して…というようなことを平気で学生時代にやっていたので、型にはまったような旅では簡単には満足できない性格でした。

それでも、まずは徐々にレベルアップしようと、とにかく行動したことにこそ意味があったと思います。

2011年は、立て続けにいろんな場所へ行って多少は海外慣れした、という段階でした。

今から思えば、どれも投入した金額の割にはあまり面白みのない旅でしたが、それでも、思い切ってどんどん行動したことが、全て今に繋がっています。

これは自信を持って断言できます。

まとめ

僕が2011年当時の自分に何か言葉を掛けるとすれば、